「母の作ったこれがなければ夏を越せない」と、娘さんや息子さん、そのご家族からも熱烈に愛されている布ぞうりは、大部分が着古した浴衣から作られている。「主人の男物の浴衣から作ったらとても良かった」と語る作者のまさ枝さんが、今回のインタビューの主役である。その隣にはお嫁さんと娘さんが仲良く座り、まさ枝さんの手仕事から日々の暮らしまで、話に花が咲いた。
学生時代に洋裁を学び、縫製の仕事やお直し屋さんでの仕事を70歳まで続けて来られたまさ枝さん。お子さんたちが小さい頃こそ、頼まれた仕事を家でする程度だったが、子育てが一段落した頃から本格的に再開し、30年近く仕事として針を持ちミシンを踏んだ。お直し屋さん時代には、スーツの擦り切れた襟元や、トレンチコートの袖口を繕うこともしていたと言い、良いものを直しながら長く着るお客さんと多く出会った。「出来ないと言って断ったことはないんですか?」と尋ねると「ない」とおっしゃる。お金もらうんだから出来て当然と涼しい顔をされる。娘さんが「母から『面倒くさい』という言葉を聞いたことがない」とひとこと情報をくださる。飾らない性格のまさ枝さんには、褒められずとも作り続ける凛とした芯の強さがあって、「格好良い」と言う表現がぴったりである。
今も「洋裁を学んでおいて良かった」と思うのは、リタイアしてからも続けてこられたからだという。近年は可愛いお孫さんたちの服もたくさん作った。「おばあちゃん、こんなの作って!」とリクエストされてピアノの発表会のためのワンピースを仕立てたこともある。作っては家族や近しい人にプレゼントするのが、まさ枝さんの日常である。
まさ枝さんは常に新しいものにチャレンジしている。「手芸の本をついつい買っちゃう」とおっしゃるので、お気に入りの書店をたずねると、「京成百貨店の丸善」と答えが返ってきた。動物のブローチも元のデザインは本からだが、布選びや飄々とした動物たちの表情は、まさ枝さんならでは。犬のポーチに使ったツイードは50年も前の布というから驚きである。「もったいない」とついつい端切れも捨てずにとっておく習慣があるが、スッキリと暮らすため最近は随分手放した。布ぞうりを作り始めたのも、本との出会いから。古い布が生かせるのも魅力だった。
まさ枝さんの一日は朝日とともに始まる。「まぶしくて寝ていられない」とこの季節には5時には目が覚めてしまうのだそうだ。起きたら朝ごはんを作る。その後、夕飯の仕込みまでしてしまう。「花の水やりだって10分で終わってしまうから、時間はたっぷりあるの」とおっしゃるが、勤めていた時代も子育て時代も、忙しい中で時間の合間を縫って針を持ち続けてきたからこその余裕なのだろう。
働きながら子育て真っ最中のお嫁さんからは「とにかく学ぶことがいっぱい」と尊敬の眼差し。リタイアしたから時間があるのではなく、忙しい時代に時間の使い方を熟知しているからこそ、今を豊かに過ごしてらっしゃるのがよく伝わってきた。
「みんな考えすぎなんじゃないかしら」とまさ枝さんはおっしゃる。確かにそうかもしれない。「母もお裁縫が上手で、袴や羽織は1日で縫ってしまうほど早かった」と振り返られる。昔は何でも手で作っていた。生活の一部に「作ること」が当たり前に溶け込んでいた時代。まさ枝さんのライフスタイルに憧れるのは、そうした肩の力が抜けていながら、とても素敵な生活を確立されているところにある。真似してできることではないけれど、まずは時間の使い方からちょっと真似をしてみたいと思った。
ききて:小堀幸子/写真:細川夏津稀
参考図書
「もっともっとまいにち布ぞうり」蔭山はるみ著 日本ヴォーグ社
「小さなどうぶつブローチ」村上伊万里著 文化出版局